ページの先頭です。 メニューを飛ばして本文へ
現在地 トップページ > 分類でさがす > 市政 > 観音寺市の概要 > 名誉市民・ふるさと応援大使 > 観音寺市名誉市民を紹介します
現在地 トップページ > 分類でさがす > 市政 > 広聴・広報・シティプロモーション > 広報 > 観音寺市名誉市民を紹介します

本文

観音寺市名誉市民を紹介します

ページ番号:0065446 更新日:2026年2月6日更新 印刷ページ表示

観音寺市名誉市民について

観音寺市は、観音寺市名誉市民条例に基づき、地方自治の振興、社会福祉の向上、経済の発展、学術又は文化の興隆その他市民の福祉の増進に広く貢献するなど、市の発展に著しい功績があり、その功績が卓絶している人に対し観音寺市名誉市民の称号を贈り、その功績を顕彰しています。

白川 晴司(しらかわ せいじ)令和8年1月31日贈呈

1945年(昭和20年)生まれ。

1995年(平成7年)に地域住民から強く推され観音寺市長に初当選し、その後2005年(平成17年)10月に旧観音寺市、旧大野原町、旧豊浜町が合併するまでの10年余り観音寺市長を務めました。また、合併により新たに誕生した観音寺市でも初代市長に就任し、以後4期16年にわたり市長を務め、市政の発展、合併による一体感の醸成に尽力されました。

市長として26年の長きにわたり、常に計画性と決断力を持って各種事業を積極的に推進し、公平にして適切な行政運営を行い、住民の生活向上と魅力あふれる郷土づくりに邁進し、地方自治の発展に貢献されました。

 

浜田 恵造(はまだ けいぞう)令和8年1月31日贈呈

1952年(昭和27年)生まれ。

2010年(平成22年)、衆望を担って香川県知事に就任、以後3期12年にわたり、知事として県政運営にあたり、終始一貫して将来を見据えた県勢発展の基盤づくりと県民福祉の増進のために、常に県民の先頭に立って心血を注ぎ、県政各般にわたる施策や事業に多大の成果を挙げ、香川県並びに観音寺市の躍進に貢献されました。

 

玉尾 皓平(たまお こうへい)平成17年3月26日贈呈

1942年(昭和17年)生まれ。

有機合成化学、有機金属化学の分野において、「元素の本質に根差した新物質創成」を研究の基本命題に掲げ、有機化学の新領域開拓に挑む。特に有機ケイ素化合物に関する研究は、基礎から応用まで広範囲におよび、卓越した論理性を備えた独創的な研究手法で「ニッケル触媒によるクロスカップリング反応(熊田-玉尾反応)の発見」、「炭素-ケイ素結合の過酸化水素酸化(玉尾酸化)の発見」、「シロール類の新規合成法の開拓」など新反応の発見や新化合物の生成に成功するなど、優れた業績を挙げ、科学技術の発展に多大な貢献をされました。

2004年(平成16年)紫綬褒章 受章

2016年(平成28年)豊田理化学研究所所長就任、瑞宝重光章受章

2023年(令和5年)文化勲章受章

 

芦原 すなお(あしはら すなお)平成17年3月26日贈呈

1949年(昭和24年)生まれ。

早稲田大学第一文学部独文科を卒業後、大学講師を務める傍ら、執筆活動に従事し、河出書房新社より刊行された2作目の小説「青春デンデケデケデケ」が、1990年(平成2年)第27回文藝賞、1991年(平成3年)には第105回直木三十五賞(直木賞)を受賞されました。

同受賞作品は、1992年(平成4年)に観音寺市を舞台に映画化され、観音寺市を全国的に広めることに大きく貢献されました。

 

加藤 義和(かとう よしかず)平成17年3月26日贈呈

1936年(昭和11年)生まれ。

1967年(昭和42年)観音寺市議会議員となり、議長等の要職を歴任後、1975年(昭和50年)観音寺市長に当選。以後、1991年(平成3年)までの4期16年間にわたり、市立小学校増改築などの教育環境の整備、市営団地建設や伊吹島上下水道事業などの生活環境整備など、市の教育、文化並びに住民の福祉の向上に尽力されました。

2021年(令和3年)逝去。

 

門脇 俊一(かどわき しゅんいち)平成17年3月26日贈呈

1913年(大正2年)生まれ。

観音寺市出身の画家。

2006年(平成18年)逝去。

 

西原 理一(にしはら りいち)平成17年3月26日贈呈

1909年(明治42年)生まれ。

1947年(昭和22年)観音寺町長に当選し、戦後復興に努力するとともに、町財政立て直しのため、競輪場の誘致などに尽力されました。

1955年(昭和30年)1町3村合併による観音寺市制施行後、初代市長に当選し、以来3期連続市長を務め、また1971年(昭和46年)再度市長に就任し、道路事業及び住宅の整備、学校教育施設の整備、離島振興事業の推進など当面する諸問題の解決及び発展に尽力されました。

1978年(昭和53年)逝去。

​​

横山 武平(よこやま ぶへい)平成17年3月26日贈呈

1904年(明治37年)生まれ。

1947年(昭和22年)より豊田村長として4年間村政に尽力され、その後1951年(昭和26年)香川県議会議員となり、総務、土木、民生各委員長を歴任し、2期8年間県政において活躍されました。

1967年(昭和42年)、観音寺市長に当選し、市民会館、清掃センター、学校給食センター等の建設、市民憲章の制定、総合運動公園の計画推進等の事業を行うなど、市の発展に大きく貢献されました。

1977年(昭和52年)逝去。

 

大久保 雅彦(おおくぼ まさひこ)昭和55年9月贈呈

1890年(明治23年)生まれ。

旧豊浜町議会議員及び旧豊浜町長として町の発展に貢献されました。

1947年(昭和22年)香川県議会議員に当選、以来22年間、内15年7か月の長きにわたり香川県議会議長を務めた。

1973年(昭和48年)逝去。

 

大平 正芳(おおひら まさよし)昭和55年6月贈呈

1910年(明治43年)生まれ。

大蔵省を退官後、1952年(昭和27年)衆議院議員選挙に旧香川2区から立候補し、初当選。以来当選11回、政治家として国家のため、また郷土のために献身的な活動を続けるなか、外務大臣、大蔵大臣をはじめ、自由民主党の要職を歴任。

1978年(昭和53年)、香川県で初めての内閣総理大臣(第68代・第69代)に就任。日韓基本条約締結や日中国交樹立に尽力されました。

1980年(昭和55年)逝去。

 

中井 虎男(なかい とらお)昭和40年贈呈

1878年(明治11年)生まれ。

1904年(明治37年)に数学教諭として香川県立三豊中学校(現在の観音寺第一高等学校)に採用され、1934年(昭和9年)まで三豊中学校教諭、教授嘱託として奉職されました。

1945年(昭和20年)までの10年間、大野原村長として常に村の発展と村民の福祉の増進のため身を挺してつとめ、名村長と謳われた。

そろばんの研究でも知られており、数学教育への貢献などにより、香川県の教育文化功労者としても名を残しています。

1969年(昭和44年)逝去。

 

関連ページ